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| July. vol.7 |
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こんちは。
今月は、南部鉄器。
南部鉄器といえば釜や鉄瓶が有名ですが
今回ご紹介したいのは南部鉄器の風鈴。
夏といえば風鈴ですね。
ガラスの風鈴は「チリン、チリン」と短めの歯切れの良い音で私たちを楽しませてくれますが、
南部風鈴は「リーン、リリーーン」と長く響くのが特徴です。
黒くてずっしりとした質量で涼やかな顔つきではないけれど、
奏でる音はとても繊細で心地よい音波を自美に残してくれます。
南部鉄器とは、1975年に伝統的工芸品の指定された、
水沢南部鉄器と盛岡南部鉄器、この二つの地区で生産された鋳物の総称です。
水沢南部鉄器は、奥州市水沢あたりにルーツがあり
古くは平安後期に藤原清衡が近江国から鋳物師を招き始まったといわれます。
生活用品だけでなく寺社・仏閣の部品作りなど、当時平安京に次ぐ日本第二の都市といわれた平泉の発展の一翼を担ったとされています。
江戸時代には仙台藩の庇護を受け発展してきました。
盛岡南部鉄器の始まりは、現在の盛岡市周辺に蒲生氏郷の勧めで南部氏が城を構えた
慶長年間(17世紀初期)といわれています。
盛岡藩二代目藩主である南部重直は甲州から鋳物師、京都から釜師を呼び寄せ湯釜・茶釜などを作らせ、
重直から八代目藩主南部利雄までの間、茶道を推奨したことから技術が発達し、18世紀には鉄瓶・鉄鍋などが広く
庶民の生活にも使われるようになったそうです。
鋳造鋳物は江戸の末期には大砲作りまでに発展し、
明治・大正初期は、生活様式の変化・好景気により鉄瓶黄金時代を迎えましたが、
大正末期からは、安価なアルミ製品の台頭により鉄器はだんだんと生産量が減っていきます。
一時は軍部の統制下に置かれ、鉄瓶の製造を原則禁止された時期もあり、
そんな中でも盛岡南部鉄器・水沢南部鉄器の22名の鋳物師にのみ年間20個以内の鉄瓶製造が許可されたそうです。
平安から現在までかなり駆け足でまとめちゃいましたが、
鋳物師の方々と地域の人々の努力により技術を継承してきたことで、今日も私たちの生活の中に
南部鉄器があるんだと思うと感慨深いですね。
盛岡市や世界遺産の中尊寺・毛越寺一帯にお越しの際には、
北上川の豊かな水、砂金・砂鉄・粘土層。鋳造技術。芭蕉の俳句。ずんだ餅。
そして、時代の移り変わり。
いろいろと噛み締めていただきまして、土産物屋を覗いてみてください。
きっと素敵な子に出会えると思います。
南部鉄器豆知識
文字通り鉄器なので鉄瓶や鉄鍋で調理すれば鉄分(ニ価鉄)が摂取でき鉄分不足の現代人にぴったりです。
水道水のカルキを吸着するので味もまろやかになります。
ホットサンドメーカー、外パリ中ふわ絶品です!
中尊寺のおすすめ
できれば朝6時半頃から誰もいない参道をゆっくりと登ってください。
杉並木から漏れる陽射しがとても綺麗です。
境内の北側にある白山神社内の能楽堂、こちらも是非!
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